アメリカの大学での
有名人の卒業記念公演のスピーチを盛り込んだ一冊。

私はまだ大学を卒業していないのだが
本書を読んで、少し海の向こうの大学がうらやましくなった。
オライリーのスピーチをのぞいて
全体的に古いスピーチが多いと感じたが
本書は翻訳本であり、その元となった書籍は
1998年に発行されているので仕方がないかもしれないが
少し残念な気分も残ってしまう。
スピーチは独特なものが多く
宗教的であり、政治的内容まで富んでいる。
自由すぎると感じるかもしれないが
そこが本書の魅力と私はとらえている。
残念というべきか、ほとんどのスピーチがしっくりこない。
有難い言葉であり、道徳感を感じるのだが
読んでいる気分にならない。
何が欠けているかと自分に問いかけてみて出したのが
「面白さ」なのかもしれない。
その辺、感性がズレちゃっているから読むのが途中からしんどくなったのかもしれない。
大学の卒業式という、ほとんどの人は一生に一度の場面で、
本書のような良い言葉を訊けたならば
自身の記憶の中に残り続けるのかもしれない。
そして、オーディオブックで訊きたい一冊ではある。
もちろん、本人に肉声で。
正義と人道の元、何が行われ、どう考えたかが綴られている。
原書名はWings of Judgmen

新装版 アメリカの日本空襲にモラルはあったか―戦略爆撃の道義的問題

個人的な政治心情は一旦、別の箱の中にしまってから
本書をゆっくりと眺めていただきたい。
あまり速読は勧めない。
なぜなら、一言一言が考えさせられ
当時の情景を脳内で創りだす時間がかなり必要になってくるからだ。
日本の太平洋戦争における、重慶への無差別爆撃を
アメリカは強く非難する。
しかし、その一方でアメリカは日本の中の
国民、特に国民の士気を下げる名目で
爆撃を加え、都市を破壊し、人を殺していった。
最後はご存知の通り、最も恐ろしい兵器のひとつ
原子爆弾が日本で使われることとなった。
当時のアメリカの軍関係者や政治家が
一体、どういう感情で日本やドイツに爆撃を加えたか
そして、どういう理屈で無差別攻撃ともとれるほどまでに
各都市に爆撃を加えたのか
彼らの声にも耳を傾けなければならないのだろう。
この本の著者もきわめて冷静で事実を元に
論理的な展開で書かれている。
好感が湧くわけではない。嫌悪感でもない。
ただあるがままに読み取り、納得できるところを見つけていただきたい。
そして、アメリカにモラルがあったかどうか
自分の目で読んで確認してほしい。
人類史上最古の文明人は、なにを考えて生きていたのか?

古代メソポタミア、人類最古の文明といわれた
シュメル人(シュメール人)にスポットライトを当てた作品である。
古代に人はやはり惹かれるのであろう。
私自身、シュメルなんて言葉を一度も耳にしたことがないのだが
タイトルにある五〇〇〇年前の日常、そう、この日常というキーワードで
古代の人たちの生活習慣を語ったお気楽本だろうと勝手に想像をしていたのだが
良い意味でこれは裏切られた。
もちろん、シュメル人の日常である衣食住、または当時の医学的なことまで
こと細かく書かれている。
それと平行して、当時のシュメル人の歴史的経緯、
戦争や神々のことが埋め込まれているため
「ああ、そういうことか」と1つ1つ納得しながらテンポよく読み進められるため
読後感がとても爽快である。
ここで、帯に書いてある殺し文句、教育パパの部分を引用しておこう。
「お前はどこへいっていたんだ」「僕はどこへもいっていません」
「お前がどこへもいっていないんだったら、お前はどうしてうろついているんだ。学校へいけ。先生の前に立って、お前の割り当てを暗唱しろ。お前のかばんを開け、粘土板を書け、助手にお前のための新しい粘土板を書いてもらえ。お前が割り当てを終えて、監督官に報告をしたら、私のところへ帰って来い。通りをうろつくな。お前は私がいったことをわかったか」
「わかりました。お父さんのおっしゃったことを僕は復唱しましょう」
「では、繰り返してみろ」
そのあとも小言が延々と続くそうだ。
当時は、生活に安定のある役人になるためには字の読み書きができなければならなかった。
母親の識字率が非常に低かったため、シュメルでは教育を父親に任せていたようだ。
5000年経ち、社会情勢がまったく違っていても親というのは心配性で
お節介を焼かなければ気がすまない習性にあるようだ。子も子で同様ではあるが。
いつまで経っても変わらないそんな人間くささがたまらなく面白い。
本書はシュメルの導入編としては最適なのだろう。