2008年01月22日

コモンズの悲劇

家を8時に出て、朝1限のテストに出てきました。

友人たちは大層勉強をしてきているような口ぶりで、あとはテストを待つだけだと言わんばかりの態度である。あはは、俺全然勉強してへんわーとうそぶきながら席で諦めてお手上げですというふうに机と横顔を密着させて寝ていた。そうここからハンター試験ははじまっているのである。

テストがはじまり、問題用紙を表に向けると、問題数は少ないが1つ1つがキーワードを記憶に定着させた上で論理的に物事を説明させる問題ばかりで 1時間ほどのテストで足りるのかと僕は頭を抱えた。とにかく手を動かさないといけない。この解答用紙に書かれた僕の汚い字は教師と1対1の語り合いであり、殺し合いでもある。「単位をくれ」という熱意を回りくどい理屈込みで伝えなければならないのだ。

きっかり1時間が立ち、脳をフル回転させたせいか軽い絶望で頭痛と眩暈の間くらいの感覚のまま、この科目のレポートを取りにいった。最大20点の加点方式のレポートを正月すぎの講義で提出したのが僕の手の中に戻ってきた。成績はA〜Dと評価に値しない無印という5段階評価でB+という成績が僕のレポートの上に書かれていた。形だけのレポートを要求して、目を通さない講師が多いなか、この講師は1枚1枚目を通し赤線を引き、コメントをくださっている。大学に入ってからゼミの担当教官以外で自分を見てくれているそのことに感動した。そのことで気分は若干晴れて、明日のテストもまたがんばろうという気分になる。

絶望のあとに見ることができた希望というのは時に人の救いになるかということがわかる1日だった。

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at 20:32 | Category : 日記 | Comments [0] | TrackBack [0]
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